2014年06月06日

ホンネ二つ。


<日記その1>

診断名 認知症のTさん。

昨年8月から関わる。

暴言を吐く、声を荒げる、

動こうとしないため歩けなくなってきた、ということでリハ依頼。

徐々に感情が落ち着いて来られ、

「認知症は回復するはずないのに、最近は以前に戻ったような感じがする。」

と奥様の弁。

はい、いいえ、の質問にしか答えられなかったのが、
自分の思うことを短文で表現できるようになった。

昨日、会話の途中、声をちょっと高めにして喋ったら、

「どうしたんですか?急に声が高くなって。」

と、Tさん。

こういうことは、認知症じゃなくても気づかない人がいるのに、

変化にすぐ気がつくTさんの感性は優れている。

Tさんを認知症とひとくくりにしていいんだろうか。




<日記その2>

診断名 進行性核上性麻痺のSさん。

意識聡明、しかし点滴だけの栄養、ベッド上でねたきりの生活。
話せず。

その生活もすでに6カ月経過。
骨と皮になり、指の先が壊死しかけているのを昨日見つけた。

3年、S氏の体に触れてきた。

1月の初めから延び延びになって、

やっと始めた言語聴覚士による口からの入力刺激が、

もはや力尽きたこの体にはすでに受け入れられないと感じた。


「胃ろうはほんとにしませんか?」

またこの言葉を言ってしまった。

字が書けた時に「延命治療」というメモを残しておられるのだとか。

妻は「延命治療を望まない」という意味だと言う。

「胃ろうって意識が無くなってもはずせないでしょ。」と奥様。

「意識が無くなったときが、そのメモが生かされるときじゃないんですか?
 そこで注入を止めたらいいと思います。」とわたし。

「ははは!」

奥様が笑った。

「今が(メモを)生かすとき、よ。今が延命治療。」



2、3やりとりしたけど、これ以上言うと険悪になると思って止めた。


帰ってから考えた。

なぜこんなズレが起こるのか?

たぶん、目標設定の違いだと思う。

わたしは今胃ろうにすれば、半年前のように外を歩けるようになると思っている。
病気自体は進行していない、二次的な廃用性のものだ。

奥様はこのまま寝たきりだと思っているのではないか?
何年か前に病名を告げられた時、進行性の病気だということを
脳裏に植え付けられたのだと思う。

胸の奥でくすぶる疑問。

言ったら終わりになるだろう言葉。

「それだったら、何故、点滴をするの?」

毎日、毎日、針を刺して。

腕をベッドの端に縛って。



ご本人のSさんは2人の会話をベッドの頭の上から聞いている。

ほんのり笑いながら。




・・・・今日はわたしの愚痴を m(__)m



<追記>

まだ動けるうちは自分の病気を楽観的に見ている気がする。
実際は、スッとは死ねん。

結局、家族が判断して自分の思いとは違ったということもあるだろう。

Sさんに至っては、やっぱり口から食べたいという気持ちを
こっそりわたしにうち明けてくださったことから、
口への入力刺激が始まった。

思っていたより、キツイねん。
自分が想像していた以上に。

話せるうちに文書にしっかり残す、人にうち明けるなどの見切りをつけてない人は、
途中で、やっぱ変更したい!ってこともあるのがホンネ。




posted by akane | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/99047787

この記事へのトラックバック