2009年11月16日

どうして人は出会うのだろう。

ジョギングにでかけた。 冷え切った空気が体にしみこむ。 秋の夕日は、ことのほかまぶしくて、 色づいた木々が黄金に輝く。 ほっぺたがあたたかい。 秋の日差しって、やさしいな。 真っ青な空。 一筋の雲。 ぐんぐん伸びる雲。 まっすぐまっすぐ伸びて、 かたまりの中に突っ込んだ。 思い出した。 もう何年も前の話。 秋の始めに穂高に登った。 途中、やたら賑やかな3人のパーティーに 出くわしては別れ、 出くわしては別れを繰り返した。 一人は50代後半? あとの二人は、30代半ば頃? 小屋は二つあったのに、 到着した小屋で、また出くわした。 部屋の真ん中には、大きなこたつがあって、 そこを中心に放射線状に穴倉があり、 中には布団がしいてあった。 他の登山客は、早々に横になる人もいれば、 穴の中でなにやら作業をする人もいた。 私たちは、リュックの中のお酒やお菓子を持ち寄り、 こたつに脚を入れ、他愛ない話で盛り上がった。 全日空の機長さんと副操縦士さんと教官。 いつも高い所にいるのに、 なんでまた高い所に登るのか聞いてみた。 「降りて温泉に入るのが楽しみ。。。」 そのあと、メンバーの一人のOさんと 何回かハガキのやり取りをした。 半年ほどして、届いたハガキ。 「Nさんがガンで亡くなりました。  定年退職して、すぐのことでした。」 山から降りて、温泉に入った後は、 ヨーロッパにフライトだと言っていたNさん。 半年後には亡くなるなんて、 誰も想像していなかったと思う。 飛行機よりも高い所に行ってしまった。 それから数ヶ月、 片言のやりとりをしたあと、 私たちの音信は途絶えた。 <追記> 一つの出会いが人生を変えることがある。 講談社の少年倶楽部で吉川英治氏や田河水泡氏を育てた 名編集者、加藤謙一氏。 戦後、東京の文京区で出版社を立ち上げた。 1950年、宝塚から上京した一人の青年が訪ねてくる。 ある漫画家の住所が知りたいという。 手塚治虫氏との出会い。 その後、加藤氏は手塚治虫氏を中央の桧舞台へと 押し上げた。 偶然の出会いか、必然の出会いか。
posted by akane | Comment(0) | 日記
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