2009年09月14日

わかっちゃいるけどやめられない。


月曜日ですね!

50匹以上いたスズムシたち。

今、オス1匹。メス8匹。

飼育ケースに敷いた土の中には、
長さ2ミリくらいの白い細い卵が縦にならんで、
びっしり詰まってます。
一個一個、生きているんですよね。

メスたちは、ピョンピョン跳ねて元気、元気!
オス、カサカサのハスキーボイスで時々、り〜ん・・・と。
がんばれ!

さて、日記。

昨日は、頭が疲れて(池谷裕二氏いわく、実際は目の疲れだそう。)
ほとんど寝てすごした。

この間から、意識してぼ?っとする時間をとるようにしているけれど、
気になることがいっぱいあって、眠っていても常に考えているような感じ。

自分の頭だけで考えていても、どんなにひねくり返してみたって、
自分の価値観でしか解釈できないから、誤解は必然。
誰かの考え方に触れてみたくなり、サイトへ。

内田樹氏の文にスカッとさせてもらい、
糸井重里氏の文を読む。

 かつて、『スーダラ節』という歌を歌った植木等さんに、
 浄土真宗の僧侶であったおとうさんが、
 「わかっちゃいるけどやめられない」という歌詞は、
 親鸞の教えに通じると言ったのそうです。
 人間理解として同じだと、ぼくも納得します。

 この逆は、「わかっていれば、やめられる」です。
 そういう人間理解でいる人も、少なからずいます。
 でも、そういう正しい人はそういう正しい人なりに、
 そういう正しいことはよくないよということについて、
 「わかっちゃいるけどやめられない」のかな?


その後、吉本隆明氏と糸井氏の対談へ。

ゲーテが書いた「若きウェルテルの悩み」。
ウェルテルは、小さな時から好きだった子がほかの人と
結婚することになっても、その子が好きだと貫き通す。
何をどうこうするでもない。
「好き」という気持ちだけ。その気持ちは変わらない。

それだけのこと。

なんか、ふっと力が抜けた気が。

仕事も弓も、その他もろもろ・・・・
別に「こう」という結論をださねばならないこともなく、
こうであらなばこうしなきゃならないなんてこともなく、
自分がこう思っていても、それは他ではそうでもなく、

でも、自分が思っていることは、思ったままでいいんだと。

それは決してあきらめることではない。
むしろ、その逆。あきらめないことである。


思いは、自分の中で完結する。


とても難しいことかもしれないけれど、
そのことが分かっただけでも、気持ちが軽くなった。


私、一皮むけた?



posted by akane | Comment(0) | 日記
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