2009年07月27日

文の上手さは、「書きたい」という情熱にある。

ただいま気温27℃。雨。速さは分からないけど、微風あり。 夏なんだけど、夏らしくない。 ギンギラギンで、ドッカ?ン!っていう迫力がない。 時間がゆっくり流れる夏・・・・・かな。 昨日、本を読んでいて懐かしい言葉に出会った。 銭湯は裸でふれ合う場 親子はもとより集団生活のルール 銭湯は日本人のコミュニティーの場 心のふれ合う かたらいの場 自然に覚える マナーこそ 社会教育の一環である   *     * 銭湯すたれば人情もすたる 銭湯を知らない子供たちに 集団生活のルールとマナーを教えよ 自宅にふろありといえども そのポリぶろは親子のしゃべり合う場 にあらず、ただ体を洗うだけ。 タオルのしぼり方、体を洗う順序など、 基本ルールはだれが教えるのか。 われは、わがルーツを求めて銭湯へ。 私は、学生の頃、アパートに住んでいた。 台所とトイレは付いていたものの、お風呂はなし。 近くの銭湯まで通ったものだ。 まわりは、おばちゃんばかり。 そそくさと身に付けているものを取り、 浴場のドアを開け、空いている洗い場を目指して一直線。 背中を洗うのにゴソゴソしていると、隣のおばちゃんが、 「洗ってあげよ。」 と、タオルでゴシゴシこすってくれた。 みるみる私は垢まみれ。 こっぱずかしかったのを覚えている。 やれやれと思いながら、下着を身につけた私は、 やっと一息つける状況になり、そこで初めてまわりを見渡す。 そして、目にしたのが、壁に貼ってあるポスター状の紙。 先に書いた文である。 上は、●●文部大臣が書いたとされる文章。(実際は?) 下は、詩人 田村隆一氏が書いた文章。 学生の頃は、「ただ体を洗うだけ。」のフレーズが やけに心の中に残り、ここばかり繰り返し読んでいた。 昨日、久しぶりにこの文章たちに再会して懐かしさとともに、 同じことを書いている二つの文なのに、 心への響き方が全く違うことに気づいた。 田村氏は、本当に銭湯が好きなんだな。 だから、この文を読むと銭湯は素晴らしいと訴える情熱も感じるし、 子どもたちとのかかわりの希薄さを危惧する社会への警告とも感じるし、 田村氏の書いて伝えようという思いが、ガツン!と心に響く。 短いけれど、いい文章。 飾る言葉などまったくないのに、輝く文章。 こんな文が書けるようになりたい。 だが、その前に、私自身が田村氏のように 情熱を持って文を書けるかだ。 「書きたい」と思って書くには、「感動する心」を持っていないと 無理! 感じる心がないと、何を見ても体験しても、 ただの感想文にしかならない。 それにしても、今の子どもたち、 「湯船に入る前に体にお湯をかけて洗う。」 「お湯をバチャバチャやって他の人にかけない。」 「出る時は、使った桶や腰かけを洗って元の場所に戻す。」 ・・・・・ なんてマナー、ちゃんと教えてもらってるかな?
posted by akane | Comment(0) | 日記
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