2018年12月29日

母、一瞬にして逝く


12月12日、10時半頃でしたか、

携帯が鳴りました。

石川の姉からでした。

「母さん・・・今、死んだ・・・」

えっ!?

何?

「なんで!!??」

「交通事故・・・」

「交通事故って!どういうこと!?」

おかしいやろ、それ、母は元気やった、

田舎で交通事故って。

電話のむこうのすすり泣き、姉は声を絞り出す。

「母さん・・・デイケア行こうと思って・・・
 車を待っていたら、○○(いとこの名前)の軽トラがバックしてきて・・・」

巻き込まれた、というわけか。

石川の実家はなだらかな坂の上にあって、

初めの頃はデイケアの車は家の前まで迎えに来ていたのだが、

このところは、母が自ら「大丈夫だから。」と言って、

10メートルほどの坂の下まで歩いて降りて、

石垣に座って待つ、というのが通例になっていたのだという。

当日も歩いて降りたものの、雨が降っており、

石垣の真横にある屋根つきの駐車場(いとこの家のもの)で

雨宿りをしていたらしい。

これは誰も見ていないので実際は分からない。

だって、車を運転していた いとこさえ、気づいていないもの。。。

耳が遠かった母は、車のエンジン音も聞こえなかった、

気配も感じなかったのだろうか。

今こうして書いていても、まったくどういったことでこうなったのか、

自分の頭を納得させようと思って、順を追って何度も状況を浮かべてみるが、

理路整然と想像しつくせないのである。

呼ばれて現場を見に行った義姉に

母の倒れていた場所や向き、車のタイヤの位置など、あとで聞いたが、

不可思議でしょうがない。

1分ほど後に到着したデイケアのスタッフさんが

救急対応をしてくださったが、すでにこと切れていたと想像する。

解剖してみると頭を打った形跡もなく脳はすこぶる若々しく、
(認知症の所見もまったく無しだったと。)

骨盤が砕けていて腹部内出血、他はきれいなままだったと。


雨が降っていた、

デイケアの車が到着するのがあと1分だった、

たまたま車がバックした・・・

運命ですか、

あんなに元気で、あと十年は生きそうだったのに、

「死ぬ時」って、こんなもんですか。

皆が言いました、

「父さんが迎えに来たんだよ。」

って。

この夏3回忌が終わり、10月に父母の部屋のかたづけをして、

父の衣類を処分したところでした。

やっと荷物が減って、足回りが良くなった部屋で暮らせるように

してあげられたと思っていたのに。

来年5月には帰省して、もっと動きやすい部屋にしてあげようと
思っていたのに。

母が弱って施設に入ったら、ちょこちょこ訪ねて行って、
話を聴いてあげようと思っていたのに。

突然亡くすというのは、喪失感がハンパ無いです。

後悔の山です。


<追記>

以下の文章を母の死を受け止める総括、
そして、今年のわたしの喪失感という思いの総括とします。

デイケアのみなさまへ

母が長い間お世話になりました。ありがとうございました。
さらに先日は事故現場にて救急対応をしてくださったとのこと、
重ねてお礼申し上げます。まことにありがとうございました。
母は、あのように耳が遠く日常では孤独な時間を多く過ごしておりました。
そのため、デイケアさんに行くのを大そう楽しみにしており、
わたしが帰省すると、あんなことやった、こんなことやった・・・と、
学習綴りや作品をニコニコ話しながら見せてくれたものです。
母は、みなさまから、たくさんの愛情をいただきました。
最後の瞬間まで、(デイケアさんに行くんだ。)と、楽しい気持ちで
いられたことはとってもしあわせ、良かったです。
数々のかけていただいた優しさに 母に代わって心よりお礼申し上げます。

次女 あかね



posted by akane | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記