2017年01月09日

2016年おくればせの総括2


(昨日の続き)

父の最後は、まっこと「見事!」であった。

誰にあたるわけでなし、ぼやくわけでなし、顔を歪めるでなし。

それは誰も手出しができない神聖なる父の最後の仕事、
父はわたしたちに見せてくれた。

そんな見事な最後は、強烈にわたしを刺激した。
感動!だった。

(のちに職場で、この奇跡を話すわたしを見て、
「あかねさんは、お父さんが亡くなってさみしくないの?」
 と、言われたくらいだ。)

そしてその刺激は、スコーン!と「わたし」を抜き去った。

(ほんとうに大事なことって何?)

悲しみも怒りも疑いも喜びも、
今まで持っていたすべての感情が消えた。

なのに、人の感情がビンビン伝わってくる。

自分の感情は感じなくなって、人の感情を感じる!?

それが今でも続く。

母や兄、姉、他家族、職場の人たち、患者さん、患者さんの家族・・・
現在かかわる人たちだけでなく、過去にかかわった人たちまで・・・

口にする言葉はカタチ。

今までわたしは何を見ていたんだろう。

何気ない言葉や態度に人の感情はあふれている。

今のわたしはそれをただ受け止めるだけである。


これまであったすれ違いも、相手の立場に立った方法で受け止めていれば、
違った結果になっていたのだと、認める。

すべては、自身の、誰にも勝る「我」の強さ所以のことだったと。

不思議なもので、認めてしまうとすんなり、
こだわっていたものに「さよなら」ができるのだ。

2016年はいろんなものが体から落ち、
自分の原点が残った年。

さあ、
わたしのこれからは、人生のまとめの時期、
謙虚に一生懸命、人にやさしく、それだけで生きて行けばいいと、思う。

そしてずっと、父はわたしの「誇り」で居続ける。


父
(南方の戦地での父。戦争のことはほとんど語らず。
 皆が叱られそうになった時には、「○○くんちょっと来て。」と、
 上官に呼ばれては免れたと。よくかわいがってもらったと、
 ふと嬉しそうに話したことがあった。)



posted by akane | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記