2014年02月15日

認知すると変わりました。


昨日お会いしたMさん、なかなか体を触らせてくださいませんでした。

先週くらいから、意識が回復しつつある感じがします。

10日の月曜日にひとりで動こうとして車椅子からダイブ!
顔面から落ちたそうです。
ぼ〜っとしていたときは動くことがなくて、されるままって感じでしたのに。

最初は、まったく声を出されなかったので「話せない」方だと思ってました。
3回目の先週から自分から話されるようになって、会うたびに活発になってきておられます。

意識がもっとハッキリすると、状況把握ができるようになって、
わたしのことも認知してもらえると思うのですが、
そこにたどり着くまでには少し時間がかかりそうです。

この意識がハッキリするまで・・・というのが、けっこう危なくて、
施設の方にこれからどういう方針でMさんに対応して行かれるのか、
問題提起しました。

動くと(施設は目が離せなくて)困る、でも動けなくなると(ご家族の手前)困る・・・
揺れ動いておられる状態では対応もなく危ないだけです。



これまでの1年の痛み治療セミナーでのS先生の認知・認識のお話は、
治療場面においてもわたし自身においてもとても役立ってます。
患者さんの変化を目の当たりにしています。
中でも、認知症患者さんの変化には驚いています。

そんな患者さん方の姿を見て、最近わたしは気がついたことがあります。

わたしはこのところすっかり弓道場から離れてしまったのですが、
あんなに夢中だったことがどうしてこんなにあっさりとやらなくなってしまえるのか、

これはとうとうわたしはうつやボケに入ってしまったのか?

ふと不安に思う時がありました。


弓が嫌いになったのか?

原点に戻って考えてみましたが、嫌いにはなってない、

じゃあなぜ行かないの?


原因があります。

それは四段が受かった時から急に始まりました。
演武を終えた後のS先生の突き刺さす目つきは脳裏に焼き付いています。

簡単にいえば、S先生とM先生の“言葉のいじめ”です。


先生方がおっしゃるように、高段になったらこの会にも参加すべき、
こうしなきゃいけない、こうなるべきだ、という要求、

先生方を始終立てなければ陰でぼやかれる、聞えよがしに喋る。

人を回り回って、わたしの引き方のどこそこが悪い・・・と遠まわしに伝える。


認知行動療法を学ぶ前は、
「自分のいたらないところをS先生やM先生が指摘してくださっているんだ。」
と思ってました。

仕事や休暇をセーブして道場のことに尽くす時間を作らないのは、
自分が悪いのだと思ってました。

仲間たちは陰で文句を言いながらも、先生方に従順に上手くやっていました。
わたしにはそれができなかった。いっしょに文句を言うこともしなかったし、
かといって、仕事の時間を削ってまで道場の運営にかかわることもしなかった。

でも、いつかはこの道場のシステムを時代に合わせて、
皆がもっと練習しやすいように変えたいと考えていました。
それが行動のはしばしに出ていたかもしれませんね。

試験に合格すると不機嫌な顔を見なくてはいけませんでした。

そしてやがて、「弓を引きに行くことはガマンしに行くこと」になってました。



今、やっとここにこうして書けるようになりました。

あなたが悪い、社会ってそういうもんでしょ、
って言う人も多いと思います。

気にしすぎちゃうんっていう人もいるでしょう。

でも、やっぱり、「おかしかった」です。

自分の気持ちを認知すると、今の自分の行動は決しておかしくないと思います。
普通です。


上を目指す気持ちは変わらないので、今は時間が経つのを待ちます。
ほそぼそでも続けます。

ぜったい、おかしなことは自滅していくと思うし、
若手で高段の人が増えてくると変わっていくと思います。



posted by akane | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記