2010年02月05日

欠点は治らない。

内田樹先生は、おっしゃる。 若いときは、あまり反省しないほうがよい。 反省というのは、「反省される対象」と「反省する主体」の間に 適切な距離とそれなりの気遣いがないと成立しない。 自分自身の欠点を孫の悪戯を見て、ほほえむ祖父の慈愛のマナザシを以て 見ることができなければ、「反省」などという難事業は果たせない。 誰もやりたくて「こんなこと」をしたわけでなく、 それなりに「先方のご事情」というものがあるといったことが、 だんだん身にしみてくる。 若いときの自己批判は、きわめて思弁的。 年を取ってからの自己批判は実践的。 若いときは「できそうもないこと」を理想に掲げて現状を罵るが、 年を取ってからは「できること」しか反省しない。 「できないこと」を「やっていない」と反省してもまるで時間の無駄。 いろいろある問題点のうち、「なんとかなりそうなもの」と 「手が着けられないもの」を仕分けして、リソースを 「なんとかなりそうなもの」に優先的に配分する。 それが老人の知恵。 人間の本質的欠点は決して治らない。 その欠点そのものがその人のオリジナリティ、 唯一無二性を基礎づけているから。 だから、人は全力を尽くしておのれの欠点を死守する。 そんなものを批判したり、修正を要求したりすることは まるで時間の無駄。 そんな暇があったら、その欠点だらけの人間にも どんな「いい点」があるかを考えた方がいい。 これは私が30年にわたって教壇に立って、 学生たちを教えてきて骨身にしみて学んだ経験則である。 欠点は治らない。 ん!そっかそっか、 だらだらした自分も、「それなりのご事情」があるんやね。 「慈愛のマナザシ」を以て見てあげよう。。。。 じーーーーっ・・・・・ (「疑いのマナザシ」(ーー;))
posted by akane | Comment(0) | 日記