2009年08月04日

世界三大美女の夫

「小野小町は、だれの奥さんか?」 むむむ。。。。。 元小学校教師のYさん。 いったいどうして? そんなこと聞かれても、わたくし、わかりましぇん。。。 はいはい、調べますよ。 ネットで、ね (^^ゞ  あ、その前に国語辞典だ。 「小野小町」平安初期の女流歌人。 六歌仙の一人。仁明・文徳両帝のころ宮中に仕えたらしい。 時の帝からも寵愛を受けたそう。 しかし、36歳で郷里(出羽国福富の荘桐の木田・・・・  秋田県の最南端雄勝町小野字桐木田)に帰った。 (と、いうことは、独身?おや!?ちょっと待てよ。) 小野の里にたどりついた深草少将は、 平城長鮮沢にある長鮮寺(天台宗)に住み、 御返事橋のたもとの梨の木の姥(うば)を雇って、 小町との逢瀬を夢に描いて恋文を送った。 (こ、これは!結婚するのか!?) 高土手に毎日一株ずつ芍薬を植えて、百株にしていただけませんか。 約束どおり百株になりましたら、あなたの御心にそいましょう。 ―(小町の返事) そしていよいよ百日目の夜を迎えたが、 この夜は、秋雨が降り続いたあとで、 森子川にかかった橋はしとどぬれていた。 深草少将は、99日通った道だから、大丈夫と 会いに行ったが、橋ごと流された。。。。。 (あらら。) ・・・・・ということは、生涯独身だったみたい・・・ね。 ちなみに、「楊貴妃(玉環)」は、玄宗皇帝の18皇子寿王瑁の妃。 でも、美しい女性が大好きな玄宗は、息子の嫁の玉環に一目惚れ。 奪い取って、驪山の離宮に迎え入れ、名を楊貴妃と名乗らせた。 そして、「小野小町」、「楊貴妃」とくれば、やっぱこのかた。 「クレオパトラ」は、弟のプトレマイオス13世と結婚、共同統治を行い、 その後、カエサルと手を結び、カエサル死後は、アントニウスと結婚。 ・・・・・・こう書くと、単なる恋多き女性のようですが、ほとんどが 政治がらみ。 ほんの少しでも、安らぎの中で、愛を語る時間があったことを願いますよ。 「美女は、美しさゆえに、哀しさも多い。」 我ながら、名言。
posted by akane | Comment(0) | 日記