2009年07月19日

感じとることは人それぞれ。

外では、セミがミンミン、じーじー。。。。 中では、スズムシがリンリン・・・・ そのうえ、扇風機を回し、換気扇をつけたら、 なにがなにやら・・・・。 お!カラスも参戦しましたな。 さ、昨日の日記だ。 ラジオを聴きながら、アイロンがけ。 「母が脳溢血で倒れ・・・・・・、  茂吉は危篤の知らせをうけて山形上山に帰郷・・・・・」 あ?、斎藤茂吉さんのことだ。 ちょうど、茂吉さんの長男、斎藤茂太さんの 「安らぎの処方箋」を読んだあとだったので、 「ああ、あれはそういうことだったのかあ・・・」 と照らしながら聴けた。 みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見む一目(ひとめ)見むとぞ いそぐなりけれ のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて 足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり 処女歌集「赤光」の中の59首「死にたまふ母」。 なぜ、59首なのか? 歌人であり、斎藤茂吉研究家の藤岡武雄さんの見解によると、 「母親の亡くなった時の年齢が59歳だったから」 ということらしい。 そこまで、意味をもたせていたのかな。 学校の教科書で、「たらちねの」の歌を書いた人としか 覚えてなかったけれど、 斎藤茂太さんや北杜夫さんのお父さんであり、 二度、丸焼けになった病院を再建した精神科医であり、 癇癪持ち、ある意味で子供のような歌人・・・・・ 面白いなあ?。 知れば知るほど面白くなる。 作品から書いた本人を想像するのと、 本人を知ってから(といっても第三者が見た本人だが)、 作品を読むのと作品の印象が変わる。 へー、ほぅ?、とただひたすら感心して読んでいたことが、 ああ、このときはこうだったんだって、それでこう考えたんだ・・・ この人は、こんな考え方をするんだあ・・・・・って、 作品から少し離れた感覚、異なる観点から読める。 もう忘れないよ。 たらちねの・・・・を書いた人が誰だったかなんて。
posted by akane | Comment(0) | 日記