2009年03月16日

もてなす心


今、NHKで「高野山」を映しています。

私はまだ、一度も行ったことがありません。

明治5年までは、女人は入山できませんでした。
世界遺産の熊野の山々が見渡せる絶景ポイント、
山の峠から、根本大堂の屋根がかすかに見えます。
女性たちは、それを拝んでおられたそうです。
今なら、空海が今でも瞑想を続けているといわれる奥の院まで入れます。

静かで荘厳な画面を見ているだけでも、すーっと引き込まれてしまいます。
以前、もう一方のブログでも書きましたが、お寺や仏像を見ると、
幼いころにまで、心が引き戻されてしまいます。

今年はぜひ、行きたいです。

さて、昨日の日記ですが、昨日は一日、
山田ズーニーさんの本を読んでいました。

何気に書き始めたブログやメール。
今まで、自分の思いのままに書いてきたのですが、続けるにしたがって、
読み手の立場を考えるようになり、私の文は何の意味があるのだろうかと、
考えずにはいられなくなりました。

そして、「文を書いても相手に伝わらない、誤解が多い。言葉なんて嫌いだ。」
と、以前、何かの折には書いていましたが、その思いは、
大きな間違いであることにも気がつきました。

だったら、どのように書いたらいいのか。

山田ズーニーさんの本は、文章の書き方の本です。
相手に分かる文を書くにはどうすればよいのか
その、ノウハウがしっかり詰まった本でした。

「自分の書いたものを誤解なく、正しく理解してほしい。」
・・・・・・なんてことは、そもそも「無理」なんですよね。

誰もが、今まで体験してきたこと、学んだこと、みんなそれぞれ違うんですから。
考えることも違うのが当たり前なのです。
(長?いお付き合いで、お互いによく知りつくした者同士なら、
 案外通じるのかも知れないけれど。)

だから、読み手が同じように考えると思って、書くんじゃなくて、
違うんだということを認識して書くことが前提です。
違うからこそ、相手に分かりやすく書くことが必要になってくるんですね。


ちょうど今、TVでは、精進料理の紹介をしています。

料理をつくるのも人をもてなす心。
人の心が分からないともてなすことはできない。

文を書くのも、自分自身も含め、誰かに読んでもらうため。
自分の「分かっている」を基準に書いても、伝わりません。

料理と同じ。
「おもてなしの心」を忘れないようにしたいものです。



posted by akane | 日記