2009年03月12日

人のふり見て・・・・


見習いの身ながら、所属する道場の初心者の指導を
させていただいている。

以前、あかね●●においても似たようなことを書いたが、
昨日もつくづく感じた。そのことを書こう。

弓を引くにおいては、基本の姿勢や基本体、射を行う態度・・・・
など、教本にも載っている決め事がある。

それは、長い歴史の中で選び抜かれた
奥深い意味のあるものであることはもちろん、
無駄のない効率の良い方法でもあると私は思う。

基本は大事。

そんなことは、ある程度生きていりゃ、行き詰まった時に分かるもんだ。
基本が始めからなってないと、戻る場所もないし伸びていくこともできない。
何も「それ以上のことをしてはいけない。」とは、言わない。
が、これだけはできるようにというラインは、保っていて欲しいと願う。

昨日、足踏み(両足の開き、支え)の角度を
極端に広くとっている人に忠告。
本人は気がついていないのだと思っていたら、
「わざとそうしている」のだという。

「楽だから・・・・。」

「やりやすいから・・・・・。」

残念ながらそのほかの言葉は返ってこなかった。

はたから見ればその立ち方は、矢を放すときに体が前後にグラグラ。
大きく的から外れる。

安定感が損なわれることを説明したが、
「この方がやりやすい。」との言葉。
このあと、このかたはどういう方向へ進むのか、私は知らない。

こういうことは、しょっちゅうだ。
ほとんど、こうだ。

たいていの人は、注意された時点で自分を正当化しようとする。
そうしている理由(わけ)を主張する。

ただ、数少ない人だけが、「はい。」と返事し、間違っていた動作を修正する。
もしくは、「それはどうして?」「どのようにしたら?」と尋ねる。

そういう人は、見る見るうちに射形(しゃけい)が綺麗になって、
どんどん上手くなっていく。

中(あ)てる射でなく、中(あた)る射になる。

初めから才能があるに越したことはない。
だが、こつこつ、大事に大事に引いていけば必ず上達する。

その人がどんどん伸びていく人かどうかなんてのは、
最初の一言二言で分かるのである。

「人のふり見て我がふりなおせ。」
指導することは自分の勉強。
いい体験をさせていただいている。


posted by akane | 日記