2009年01月09日

相手を代えて気づく。


島田紳助さんが、また、いいことされていたみたいですね。
スタッフも知らなかったことだとか。
紳助さんの「紳」という字は、いい字ですね。
教養のある人、身分の高い人という意味がありますが、
TVで喋っておられる感じよりも、ずっと努力家のかたなのでしょう。

さて、昨日ですが、北山修さんの書いておられた記事で
こんなのがありました。

 「三つ子の魂」と言うように、人間は幼いころから同じことを大人になっても
繰り返すという現象である。これを「スズメ百まで踊りを忘れず」とも言う。
 私たちは、幼いころ、心の柔らかいうちに書き込まれた台本を、その後も
無意識に相手役を代えながら繰り返すという「過去からの反復」が癖、業、性(さが)に
なっているのだ。
   
   -中略-

例えば、母親や父親とやったことを、結婚してからも配偶者を「父さん」「母さん」と
呼び合いながら繰り返している。そして、勝つのが怖い、貧乏くじをひく、苦労性、
お山の大将、悲劇の主人公、権威に反抗する、甘えん坊、などという生き方は、
重要な他者を相手にして繰り返される台本なのだ。
・・・・・・
(1月8日付神戸新聞より)

幼いころから、母親の存在が息苦しかったことを思い出しました。
言葉の端々、行動から、いつも締め付けられている感じがしていました。
だからよく衝突しました。

姉、兄はいたものの年が離れすぎていて、接触もあまりなく、回りは大人ばかり。
その中で、いつも人間の矛盾や寂しさを感じていたものです。

飛び出したい、好きに生きたい・・・・そんな子どもだったから、15歳で
親と離れて住むようになっても、別段、寂しいと思ったことがありませんでした。

今でこそ、距離も離れ、わたしもそれなりの年を重ねたので、
母親の言葉も、感謝の心を持って受け止めることができますけれど。

そんな私だったからかもしれません。
今でも、変です。
田舎に帰っても、ちと変わり者です(笑)

でも、無意識下では、しっかり、生まれ育った家の習慣、モノの考え方は
しみこんでいるようです。

それは、人生のキーパーソンとなる人たちと交わることで気づきます。
そして、そこからまた違った世界を見ることができるのです。
それが楽しい!



posted by akane | 日記